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大阪地方裁判所 昭和49年(行ウ)11号 判決 1976年8月05日

原告 有限会社中山薬局

被告 南税務署長

訴訟代理人 岡崎真喜次 ほか八名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで本件更正処分の実体上の適否につき判断する。

1  まず本件入店保証金を圧縮記帳しそれによる損金算入とすることの適否について検討する。

被告の主張一項1の事実は当事者間に争いはない。

措置法六四条一項により圧縮記帳による損金算入が認められるのは、収用等により取得した補償金等の額の全部または一部に相当する金額をもつて、収用等により譲渡した資産と種類を同じくする資産(同条一項)、または種類の異る資産の場合では当該事業の用に供する減価償却資産、土地および土地の上に存する権利(同法施行令三九条二項、四項)を代替資産として取得した場合である。すなわち、右法条の適用を受けるためには、補償金の全部または一部に相当する金額を代替資産取得対価として支出することが要件となるものである。ところで、原告が訴外会社との間の店舗の賃貸借契約に基いて取得した店舗の賃借権が措置法上資産と認められるか否かは別として、前記争いのない事実によれば、原告が訴外会社に支払つた本件入店保証金は、その額が高額であり、無利息のうえ返還の条件が原告にとつてかなり不利益なものであるとはいえ、結局においては将来全額原告に返還が予定されているものであるから、原告はその支払によつて右金員に対する返還請求権を失うものではなく、右保証金については訴外会社に対する債権として原告にその権利が留保されているものといわねばならない。したがつて本件入店保証金は、店舗賃借権取得の対価として支出されたものとは認めることができない。もつとも、法人税法施行令一三八条二項所得税法施行令八〇条一項によれば、借地権の価格が更地価額の半分を越えるような借地権の設定に伴い、通常に比べ地主に有利な条件で金銭の貸付や保証金の授受等がなされた場合、通常の条件を越えて受ける利益を「特別経済利益」としてこれを借地権設定の対価に含めることとしている。しかし借家については右の如き定めがなく、税法上借家権とは異つた扱いがなされていることから、本件入店保証金につき直ちに右規定を準用ないし類推適用することはできない。すなわち、法人税法においては、借地権の設定により設定後の土地の価額が更地価格の半分を下廻ることとなつた場合、当該土地の取得価額から借地権の価額に相当する価額を減額することを認め、地主においては所有権の権能の一部を借地人に譲渡し、借地人はこれを地主から取得したものとして取扱つており、(同法施行令一三八条一項一号)、また所得税法においては借地権の対価が更地価額の半分を越える場合これを資産の譲渡とみなしている(同法施行令七九条一項一号)。そして法人税法施行令一三八条二項、所得税法施行令八〇条一項は、一般に借地権設定の対価として多額の権利金が授受される慣行があるにもかかわらず、権利金の授受を行わず、地主にとつて有利な条件で金銭の貸付、保証金等の名目で金銭の授受を行い、実質的には地主が権利金相当の経済的利益を受けながら課税を回避することを防止するために定められたものである。他方、家屋の賃貸借契約に際し、将来返還を要しない権利金が授受されても、それは原則として繰延資産として扱われ、借家人は権利金を費用としてその支出の効果のおよぶ期間で償却し、家主はこれを収益(個人では不動産所得)として計上することとなつており(法人税法施行令一四条一項九号ロ、所得税法施行令七条一項四号ロ)、借地権の設定と異り資産の譲渡としての取扱いはなされていない。したがつて借地権の設定に関する規定である法人税法施行令一三八条二項を本件入店保証金に準用ないし類推適用することは相当でない。

そうすると、本件入店保証金については、これを措置法六四条一項により圧縮記帳しそれによる損金算入をすることができないものといわねばならない。

2  次に、本件保証金に代えて建物の建築代金につき圧縮記帳による損金算入をなすべきであるとの原告の主張につき判断する。

原告が本件事業年度内に建物の建築代金として一一、七五〇、〇〇〇円を支出したことは当事者間に争いがない。

<証拠省略>によれば、被告が昭和四七年に原告の本件事業年度の法人税の調査を行つた際、原告は、調査担当官から本件入店保証金が圧縮記帳の対象とならない旨の指摘を受けたので、原告の顧問税理士である訴外山本洋太郎が調査担当官に対し、本件入店保証金が圧縮記帳の対象とならないのであれば、建物の建築代金一一、七五〇、〇〇〇円について圧縮記帳しそれを損金として計上したい旨口頭で申し出たことが認められる。しかし原告が、土地購入代金一一、七〇四、九九八円および本件入店保証金の内金一四、九三九、二〇二円の合計二六、六四四、二〇〇円を圧縮記帳しそれを損金として計上し、それに基き法人税の確定申告をしたことは前記のとおり当事者間に争いのないところであり、<証拠省略>によれば、原告が、昭和四五年五月三一日の決算期における確定した決算において建物の建築代金一一、七五〇、〇〇〇円を固定資産として計上し、それを前提に本件事業年度の法人税の確定申告をしていること、したがつてまた右確定申告書には建物の建築代金につき、圧縮記帳による利益を受ける旨の記載はなく、損金の額に算入される金額の計算に関する明細書その他の必要書類が提出されていないことが認められる。そうすれば、被告が、本件入店保証金に代えて建物の建築代金一一、七五〇、〇〇〇円につき圧縮記帳による損金算入をなして更正処分をなさなければならない義務はなく、この点に関する原告の主張は失当である。

3  次に措地法六四条五項の適用の可否につき判断する。

原告は、昭和四五年七月頃その顧問税理士である訴外山本が南税務署の職員から、本件入店保証金が圧縮記帳の対象となる旨の教示を受けた旨主張するけれども、右主張事実を認めるに足る証拠はない。そして<証拠省略>によれば、原告の顧問税理士である訴外山本は、昭和四五年七月当時原告と訴外会社との間の契約内容を十分に検討していなかつたため、本件入店保証金が将来原告に返還されるものであることに気付かず、これを権利金であると誤解していたこと、そしてその頃同訴外人が南税務署へ税務相談に赴いた際、同署の職員に対し、本件入店保証金につきこれを権利金として説明し圧縮記帳の対象となるか否かを相談したところ、同署職員が、権利金であれば圧縮記帳の対象となる旨返答したことが認められる。

以上認定の事実によれば、原告が本件保証金について圧縮記帳しそれによる損金の算入をなし、建物の建築代金につき、確定申告書に措置法六四条四項に定める記載や必要書類の添付をなさなかつたことについてやむを得ない事情があつたものとは認めることができず、他にやむを得ない事情があるとの事実を認めるに足る証拠はない。

したがつて本件においては、措置法六四条五項を適用することはできない。

4  次に原告は、原告が支払つた本件入店保証金一九、一四七、五〇〇円から、本件保証金が現実に返還されるまでの間の中間利息を控除して算出した現価五、五九八、七五九円を差引いた差額一三、五四八、七四一円を損金とすべき旨主張する。

しかし、本件保証金は将来原告に全額返還されるもので、原告の訴外会社に対する債権であることは前記のとおりである。したがつて本件保証金が無利息であり、返済期限が長期であるからといつて原告主張のような差額を損金とすべき理由はない。

5  以上述べたところによれば、被告が本件保証金の内金一四、九三九、二〇二円の損金計上を否認し、本件更正処分をなしたことについて、実体上何らの違法はない。

三  次に更正通知書記載の理由に不備があるか否かにつき判断する。

法人税法一三〇条二項により青色申告による法人税につき更正処分をなす場合更正通知書に更正の理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重、合理性を担保し、その恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせ不服申立の便宜を与える趣旨に出たものである。

ところで本件において更正通知書に附記された理由が請求原因二項1(1)のとおり〔編注:本件更正通知書の付記理由「貴法人備え付けの帳薄書類を調査した結果、所得金額等の計画に誤りがあると認められますから、次のように申告書に記載された所得金額等に加算、減算して更正しました。加算、ミナミ地下街株式会社(以下訴外会社という)への入店保証金は、収用等の場合の代替資産として圧縮の対象となりませんので同保証金圧縮損は当期の損金の額に算入されません。一四、九三九、二〇二円。」〕であること、また本件更正処分の理由が、被告の主張三項のとおりであることはいずれも当事者間に争いがなく、右事実によれば本件更正通知書に附記された理由は、本件更正処分の理由を具体的に明示しており、相手方にとつてもその理由を了知するに足るものであつて、前記の趣旨に反するものではない。また原告は、建物の建築代金一一、七五〇、〇〇〇円も圧縮記帳の対象とならない理由をも附記すべきである旨主張するところ、原告の計理上、右建築代金は固定資産として計上され、圧縮記帳による損金算入がなされていないこと、本件更正処分をなすにあたり、被告において右建築代金につき圧縮記帳による損金算入をしなければならない義務は存しないこと、本件更正処分は本件入店保証金につきなされた圧縮記帳による損金算入を否認したことによりなされたものであつて、右建築代金とは直接関連がないものであること、等の点からすると、本件更正通知書に原告主張の如き理由まで附記する必要はないものというべきである。

四  以上により、原告が本件更正処分の違法事由として主張するところはいずれも理由がなく、他に本件更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分を取消されなければならない事由はないから、原告の本件取消請求は失当である。

よつて原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 寺崎次郎 山崎恒)

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